考えることをやめたら死ぬ男のブログ

英語ペラペラな僕がHIPHOP、ビジネス、ITなどいろんな話題についてぺちゃくちゃ喋ります。

【日本語ラップ】ラッパーKOHHのすごいところを3つ教えます

 

以前日本語ラップに対してゴタゴタ言いましたけど

一応これでも物心ついた頃からずっと聴いてます。

愛のあるディス…っていうかディスってすらもないと思うんだけどな。

 

昨今ほんとにいろんなラッパーが出てきました。

賛否両論あったり絶賛されてたりしますが、

そんな日本語ラップ界で現在のキングは誰だと思いますか?

 

ANARCHY?AKLOSALU?NORIKIYO?般若?

 

いやいや、KOHHでしょ。

 

 

なぜ僕がそう思うのか、3つにまとめてみました。

 

 

活躍の幅が広い

2016年にはフジロックに出演したり

世界のiTunes StoreとApple Musicを賑わせてヨーロッパツアーやったり

日本語ラッパーとしては驚異の行動範囲の広さです。

KOHHのインスタ見ても外国人の方のコメントが結構多いです。

 

KOJOEとかISH-ONEなどの逆輸入パターンはありましたけど

日本という土壌で生まれ育ったラッパーが

ここまで海外で活躍するのはKOHHが初めてだと思います。

 

なぜここまで世界的に広がったかというと、

何よりも「It G Ma」がバズったのが一番大きかったと思います。

その後アメリカのラジオ局「HOT97」に出演しました。

 

www.youtube.com

 

気軽にネットなどを駆使しながら国境を越えちゃうような、

一番現代っぽいインターナショナルな動きを見せてると思います。

 

 

ファッションリーダーとしてのポジション確立

もともと音楽って広義のファッションに非常に強くリンクしてると思うんですね。

聴いてる音楽によって如実にライフスタイル自体が影響を受けますし、

もちろんライフスタイルが影響を受ければファッションも変化します。

 

であればラッパーであればライフスタイル全体を売り物にすべきで、

当然その一部のファッションも売り物であるべきだと考えています。

ラップがうまいのはもはや最低条件で、現代はライフスタイル全体を

商売道具にできるラッパーじゃないと絶対売れません。

 

ラッパーを評価する時って音源とかラップだけじゃなくて

人柄とかファッションとかジャケ写のセンスとか全部見てるはずですからね。

ジャケ写ってもう今は言わないのかな…

 

KOHHはそれを早期に気づき、IT G MAのちょい前ぐらいから

(おそらく)意識的にファッションを変えたと思います。

それ以前のKOHHのファッションもそれはそれでかっこよかったんですけど、

裾野が広い格好ではなかったですし、HIPHOP業界からは好まれそうでしたけど

ファッション業界から注目される感じではなかったと思います。

 

ファッション業界から脚光を浴びれば、雑誌などのメディアの露出も増えますし

何よりもビジネスの幅がむちゃくちゃでかくなります。

 

そしてその狙い通り、ちょうど良い奇抜さのファッションで脚光を浴び

ファッションリーダーとして認知されるようになったことで

一気にラッパーからアーティストへとステージが上がりました。

 

ですが、日本だとあまりラップとファッションを

うまくリンクさせることに成功した例がないんですよね。

ファッションの成功例としてはNIGOA BATHING APE)が挙げれますが、

うまくラップとリンクさせることができたかと問われれば、

別にファッションでの成功がNIGOのラッパーとしてのキャリアに

寄与してる訳ではないので、ちょっと違うと思います。

 

最近ではKANDY TOWNとかちょっと近い動きが出ていますけど、

ライフスタイルを売るのに成功した元祖はKOHHかなと思ってます。

なんでKANDYは売れてFRESINOが微妙にくすぶってるのか、とか

その辺に原因があるんじゃないかなーとか考察してますが、

またそれはいつか記事にできればなと思います。

 

 

 

ラップの技術が実はマジでやばい

初めてKOHHのラップを聴いたときに、

ほんとに衝撃的だったのはやはりそのラップです。

こんな話し言葉に近い感じのラップは

今まで聴いたことがありませんでした。

その何がすごいのかを詳しく説明します。

 

まずは技術的な側面から話をさせてください。

一般的に今までの日本語ラップの基本というのは倒置法です。

 

①「俺は絶対取るぜ優勝」

②「俺は絶対優勝を取るぜ」

 

日本語ラップで多いのは①ですが

日本語としてスムーズなのは②です。

 

なぜ倒置法が日本語ラップに多いかというと

韻を踏むのって基本は名詞であって、動詞ではないからです。

単純な話、名詞は無限ですが動詞は限りがありますよね?

ものの種類は無限に増えますが、人間の動きは限られています。

単語のバリエーションがある名詞の方がもちろん韻は踏みやすいです。

 

ですが、日本語は文の最後に動詞が来てしまう言語でして

脚韻を踏む場合に文の最後に動詞が来るのは都合が悪いんですね。

そのために倒置法で名詞をケツに持ってくるというわけです。

 

これの弊害は、そもそもかなり不自然な響きになってしまうところです。

「俺は絶対取るぜ優勝」なんて日常生活で絶対言わないじゃないですか。

ボケとしてラップをテレビ番組などでやってるときは

絶対に絶対に絶対に倒置法でラップしてるはずです。

不自然な響き→ズレ→笑いに繋がるからです。

 

もう一つは不自然になってしまった分、意味が伝わりにくくなってしまう点です。

あとフローの幅が制限されてしまうところもあるんですが

ちょっとこれは複雑すぎるので割愛します。

 

KOHHが新しいラップスタイルを広めてくれたおかげで、

だいぶ日本語のラップの意味が通りやすくなりました。

それまでのラップは単純に聞き取りづらかったり

歌詞カード見てもあんまり意味がわからなかったり…

というのがデフォルトでした。

 

であればあんまり日本語で日本人に向けてラップする意味はなかったのですが

そこを話し言葉に近いラップでクリアしたのがKOHHです。

 

ですが、だからといって喋ってるだけになっていないんですね。

踏むところではがっつり韻を踏んだり、流行りのUSのフローを取り入れたりして

リスナーを飽きさせない仕掛けはふんだんに入れ込んでます。

 

やっぱり話し言葉に近いラップというのは

どうしてもダサく聞こえがちなんですが、

そこをパワープレイでぶち破っていったのがKOHHです。

 

そのおかげでラッパーの裾野がだいぶ広がりました。

韻踏んでもいいし、踏まなくてもいいし

カッコよければいいじゃん、という雰囲気の土壌をつくったKOHHが

今の日本のキングだと思いますが、どうでしょう。

 

 

まとめ

KOHHのおかげで逆にK DUB SHINEがカッコいい現象

14歳でも英語で日常会話はできる。考え方を変えるだけで。

 

日本人が英語を話せない理由の一つがハッキリわかりました。

 

英語難しい…なんで勉強はしてるのに話せないんだろう

話そうとすると英語が出てこなくてテンパっちゃうんだよなあ

 

そんな風に思っているとしたら、この記事は必ず役に立ちます。

 

僕は中2で初めてアメリカへ留学しました。

英語は得意でしたが、特別塾や英会話教室に通ったりはしてませんでした。

なので一般的な中学生の文法や単語しか頭には入っていない状態です。

 

それでも日常会話に苦労することはありませんでした。

それはこのコミュニケーションに対しての考え方があったからです。

 

 

英語が話せないという思い込み 

よくあるジョーク(?)で

 

外国人「Where is the station?」

日本人「えっ(英語だ…!ええっと英語わかんないな…)」

日本人「I don't speak English. Sorry...」

外国人「えっ喋ってんじゃん」

 

これは英語が話せないのではなく、

話せないと思い込んでいるだけの典型的な例です。

 

今一度よく考えてください。

本当に道の説明、できませんか?

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いろいろツッコミはあると思いますが

今のところは胸の奥にしまっておいてください。

 

この絵の赤丸のところで外国人に話しかけられたとしましょう。

多分この状況であれば以下の説明で十分理解してくれると思います。

 

外国人「Where is the station?」

日本人「OK, go straight and turn left.」

日本人「Turn right, quick! quick!」

日本人「Then turn left, and station!!」

外国人「アリガトゴザイマス!!」

 

 

要はコミュニケーションの問題

上記の例で言えば、なぜ外国人に道を聞かれて困惑してしまったかというと

「説明するために十分な英語力がない」

のではなく

「ツール(英語)を使って目的達成(道案内)をするスキルがない」

からです。

 

お笑い芸人の出川哲朗さんが、英語力が乏しいにも関わらず

なぜか海外でコミュニケーションを取れてしまうのは

今持っているツールを最大限に活用する能力に長けているからです。

 

 

その会話の目的が何かを見失っている

例えば、「お腹空いた」は英語で「I'm hungry」と言いますよ、

と先生から習ったとします。

ですがあなたは実際に「お腹空いた」と言いたい場面で

残念なことに「I'm hungry」というフレーズが出てきません。

それは仕方のないことです。

場数を踏まないといくら習ってもスムーズには出てきません。

それは全く問題ありません。

 

ですが問題なのは、

多くの人はここで脳が完全にフリーズしてしまうことです。

なぜなら「I'm hungry」というフレーズを思い出そうとするからです。

人間何かを思い出そうとすると固まってしまうもんです。

 

表現を思い出そうとするのではなく、コミュニケーションの目的を考えましょう。

そしてどのツールを使えば最短距離で目的へたどり着けるかを考え、

行動してください。

 

今の目的は「お腹空いた」を意味する英語のフレーズ(I'm hungry)を

思い出して相手に言うことではないですよね?

この「I'm hungry」というツールを使うことが目的ではないはずです。

本当の目的は「お腹空いた」という状態を相手に伝えることです。

 

であれば他に使えるツールはないか考えてみましょう。

「I need to eat something.」(なんか食べたい)

「I wanna have a lunch.」(昼飯食いたい)

「I haven't had anything since I woke up.」(起きてから何も食ってない)

他にもたくさんありますが、どれを使っても

私がお腹空いた状態であることは伝わります。

 

 

コミュニケーションって言語が全てではない

いやむしろ言語はマイナー要素だと思います。

確かに「I'm hungry」と言いたい時に出てきて欲しい気持ちはわかります。

でもその場で出てこないものは、出てこないんです。

であれば代替案を考え、目的を達成することを優先しましょう。

 

そのあとに「お腹空いた」って英語でなんていうんだっけなあ…

Google先生に教えてもらえれば、次は出てくるかもしれません。

 

 

これの繰り返しで自然と英語が話せるようになるはずです。

 

 

そもそも何のために英語を学ぶの?

そもそもの目的を考えることの大切さを語りましたが、

そもそも何のために英語を学びますか?

 

おそらく英語を話すこと自体は目的ではなく

英語をツールとして使いこなせることで

コミュニケーションが取れることが目的である、

という人の方が多いのではないでしょうか。

 

であればやはり、英語を勉強するというよりも

英語というツールをどう使いこなせるか、

という点に着目した方が結果的に英語力の伸びが早いと思います。

女性の一人旅では絶対にAirbnbを使っちゃダメな理由

 

英語がペラペラで海外経験が豊富なChico de Oroです。そんな僕でもまったく予想のつかないことが起きてしまいました。結論から言うと、女性の一人旅で民泊は使うのは危険すぎるのでやめてください。

 

事件の経緯

僕ととても親しい女性がアメリカへ1週間旅行に行くことになりました。仕事や家庭のことで追われつつ、やっとたどり着いたバケーションです。彼女はとてもワクワクした表情で僕に予定を話してくれました。

 
 
彼女は比較的テクノロジーに詳しいので、Airbnbをうまく使えば旅費を抑えられることを知っていました。しかもホテルよりも広く、使い勝手の良い物件が多いので、彼女はAirbnbを利用することにしました。
 
 
とはいえ知り合いもいない海外に一人で行くのは不安です。ましてや人の家に泊まるのはもっと不安です。その解決法として、Airbnbにはレビュー機能があります。これは家を貸し出すホストが旅行者をレビューし、また旅行者もホストをレビューして、相互を監視するシステムです。これにより悪いホストや悪い旅行者は自然に淘汰されていく、というのがAirbnbの主張するレビュー機能の利点だと思います。
 
 
彼女は家が綺麗でロケーションも良い物件を見つけました。レビューも上々です。さっそくコンタクトをとってみると、フレンドリーで親切そうな男性でした。
 
「この家なら大丈夫そう」
「でも、男性の家に一人で泊まるのはちょっとね…」
「あ、他の旅行者も泊まってるらしい!じゃあ大丈夫か!」
 
と思った彼女は、この家に一週間泊めてもらうことにしました。
 
 
海外経験豊富な彼女にとっては長距離のフライトは慣れっこでした。難なく現地に降り立ち、自分の足でホストの家に到着しました。ホストの男性と挨拶を交わし、知らない土地での1週間が始まりました。
 
でもすぐに違和感を感じ始めます
 
なぜか彼女が利用する部屋にあるローション(エロいタイプのやつ)、過去の女性旅行者と裸で抱き合うホストの写真、ジャグジーパーティーとかいういかにもいやらしい集会への誘いなど、細かいところまで上げたらきりがありません。
 
 
ですが彼女は
 
「なんか変な感じだけど、まあちょっと変わった人なんだろうなあ」
 
ぐらいの気持ちでした。
 
 
ですがさらに不安を強めたのは、その家に滞在している他の宿泊者とは「ホストの友人男性だった」という事実でした。そしてホストは全裸で家をうろつき、やたら彼女の視界に入るように動く。またあるときは背後から抱えられ、ブラのホックに手をかけられる。そこでこう言われたそうです。
 
「君が寝るまで抱きしめてあげる」と。
 
 
きっと体が動かなくなるぐらい怖かったと思います。知らない土地で、知らない家で、知らない人にそんなことされたら、この先に何が待ってるのか、恐怖でしかなかったと思います。
 
 
彼女はしばらくホストに出くわさないよう、部屋にこもりました。幸い部屋に鍵がついていたので、いくらかは安心でした。でももしかするとホストが鍵を持っているかもしれない。いつ入ってきてもおかしくない。そんな状況で僕に連絡が来ました。
 
 
僕はすぐにAirbnbに連絡をとるよう伝えました。ですが彼女はあまり乗り気ではなく、
 
「でも電話しているのをホスト聞かれたらどうしよう…」
「何かしてくるんじゃないかな…?」
 
そんな不安をホストに聞こえないよう、こそこそ声でささやいていました。とはいえアクションを起こさないことが一番マズい状況だったので、とりあえず彼女がAirbnbに電話しました。
 
 
電話はつながり、対応の二転三転はあったのですが、事情を丁寧に説明したところ、最終的には宿泊費の全額返金ということで落ち着きました。*1
 
 
しかし彼女がその家から脱出したとしても、見知らぬ土地でまたホテルを予約するのも大変な苦労です。僕が知り合いにあたると奇跡的に近くに住む方とつながることができました。それからの残りの日数、その方の家に泊めてもらえることになりました。
 
 
ですがこれは本当に奇跡です。普通ならしばらく路頭に迷うことになると思います。そうなれば違う事件に巻き込まれるリスクも増加します。
 
 

旅行者にも責任があるとは言えない

彼女は海外経験が豊富で、様々な環境でサバイバルしてきました。日本と海外の安全に関する環境の違いはよく理解してると思います。
 
 
それでもこうなる可能性は十分にあるということです。レビューがどう機能しているのかは今ではサッパリわかりません。今回のホストのような言動を
 
「フレンドリーな人だなあ」
 
と思う人たちがもしかしたら存在して、だからレビューが良かったのかもしれませんし、そもそも嫌な思いをしたらそれをレビューに書くことすら面倒になってしまうのかもしれません。とにかく今回の事件で僕は
 
「思ったほどレビューって機能してないんじゃないか」
 
と思うようになりました。
 
 
他人の家に泊まらせてもらうということは、価格が安い代わりにリスクが増えます。もしかしたら取り返しのつかないリスクかもしれません。一生癒えない傷を負うかもしれません。最悪、命が失われるかもしれません。
 
 
それでもあなたはAirbnbを使いますか?
 
 

 

*1:Airbnbの事件の対応については問題なかったと思います。初めは半額返金とか、クーポン渡します、みたいな話だったんですけど、最終的には全額返金してもらえたので。

フリースタイルが流行ってもHIPHOPが日本で定着しない理由

 

 

最近ちまたでフリースタイルがけっこう流行ってるっぽいね。HIPHOPが大好きな僕としてはこのままいろんなアーティストが売れて、

 

HIPHOPが日本に根付いてくれればいいな~」

 

と心から思っています

 

 

 

 

たぶん定着しないだろうと思います。高校生RAP選手権のスターたちの半分以上は箸にも棒にも掛からずに消えていくでしょう。

 

 

それはHIPHOPという文化が日本になじまない、という部分が大きくかかわっています。なぜそう思うのか、お話ししたいと思います。

 

 

 

文化的側面

反抗的な環境で生まれたHIPHOP

HIPHOPの歴史を若者に押しつけて、あーじゃないこーじゃないとだらだら話すようなおじさんにはなりたくはないのですが、これはかなり重要な要素なのでちょっと我慢してお付き合いください。

 

 

まあかなりざっくりお話しますと、HIPHOPというのは「反逆」や「反抗」という姿勢から生まれた文化です。黒人差別や貧困、盗みや殺人などの犯罪やギャングの抗争などが勃発しているなかで、それらに対してあらがう、という精神から生まれた文化がHIPHOPなんですね。

 

「俺はこんなところから抜け出してやる!」

「クリーンなマネーを稼いでやるぜ!」

 

とか、まあだいたいこんな感じのメンタリティーがHIPHOPに広く普及しています。

 

 

それがどこにつながるかというと、早い話が「反抗」というものは「個人主義」と背中合わせなんです。

 

「お前はこうだけど、俺はこうだ」

 

という意識から反抗的な思想や姿勢が表れてくるんです。

 

 

もっと言えば

 

「お前がそれならそれはそれでいい」

「だけど俺の居場所も認めろ」

「俺はこんなことができるから見てくれ」

 

といったような自分を確立させる、個人主義的な文化がHIPHOPだと僕は思ってます。

 

 

ちなみにHIPHOP=ラップではないです。HIPHOPは音楽ジャンルというよりも文化なんです。そしてラップは歌唱方法の一つです。それ以上でもそれ以下でもないです。なので誰でもラップはできますし、ラップはみんなのものです。

 

 

一方、HIPHOPはラップとは違って文化なので、だからこそあいつはHIPHOPだとかHIPHOPじゃないとかいう議論がうまれてくるんですね。HIPHOPにそぐわない奴を排除しようとするような動きが出てくるのはHIPHOPが文化だからなんです。

 

 

 

波風立てないことが美徳の日本

じゃあ話を戻して日本という国はどうかというと、「反抗的」から世界で一番遠いと言いたいぐらい従順な国民、文化です。

 

 

まあ要は集団主義です。みんなに迷惑をかけないように人目を気にしながら、自分の欲求を抑えつつ上手に賢く世渡りする、それが日本的美徳なんです。

 

 

もちろんそれが悪いわけではないと思います。トヨタカイゼンだとか街にゴミがなくてきれいだったり、24時間営業の店がたくさんあって便利で犯罪が少なかったりするのは日本がそういった文化だから自然にできているんだと思います。

 

 

でもやっぱりHIPHOPとは相容れない感じはしてきませんか?

 

 

 

目立とうとするなんてもってのほか

やっぱり目立たない方がいいんです。出る杭は打たれるのが日本です。縁の下の力持ちが好かれるんです。

 

 

がんばって努力してカッコよくなって

 

「ねえ、俺カッコいいでしょ?」

「こんなにがんばったんだ!見てくれ!」

 

という態度をとると真っ先に叩かれます。

 

 

HIPHOPってけっこうそういうとこあるので、これがダメってなるとけっこう痛手です。というか今のアメリカで見るHIPHOPってほとんどそうじゃないですか?

 

 

日本ではカッコいいのにカッコつけないのがカッコいいらしいです。僕はよくわかりませんが。

 

 

 

なんてことないものが売れる

そんな日本で売れたHIPHOPラップという歌唱方法を使ったアーティストを見てみると

 

 

ね?そつないでしょ?

 

 

誰かを攻撃したり反抗心をむき出しにしたトゲトゲしいものはあまり好まないんです。

 

 

その昔ZEEBRAとkjのいざこざがあったとき、ケーダブがRIPとKICKをDISったとき、やっぱり一般の人たちのリアクションはドン引きしてた記憶があります。

 

 

蛇足ですがちょっとKREVAだけ微妙なラインをいってる印象を受けます。彼はトゲのない音楽で市場から支持を集めつつ、HIPHOPな一面も見せてくるんですよね。たぶんそういったところが彼が日本語ラップのKINGと呼ばれる所以でもあるのかなと思います。

 

 

 

言語的側面

世界一ダサい言語

正直日本語は世界にある言語の中で音楽的にずば抜けてダサいと思います。ラップに合ってないだけかと思いきや、こないだ友達のバンドのボーカルも同じようなこと言ってたんで、もしかすると音楽界の共通認識なのかもしれません。

 

 

そもそも日本語はイントネーションが少ないんです。イントネーションが少ないので抑揚のあるリズムをつくりづらく、ラップをしてもお経みたいになるんですね。

 

 

あと例えば英語で

 

「I don't know」

 

って早めにくっつけて発音すると

 

「アロノゥ」

 

みたいな感じになるんですが、これがスムーズで流れるようなメロディをとてつもなく奏でやがるんです。

 

EMINEMなんかのラップ聞いてると、本当にラップが楽器の一つかのようなリズムをつくりあげてるのがよくわかります。

 

じゃあ日本語はどうなのかというと、日本語だと五十音をそれぞれ律儀に発音するので前後をくっつけてなめらかに言える、なんてことは100%ありません。

 

なのでラップが細切れになるというか、カチカチした硬い感じにどうしてもなってしまうんですね。イメージ的には木魚をポコポコ叩いて出るような、断片的なリズムになってしまうんです。

 

その影響は歌詞の内容にも及ぶんですが、上で書いたようなことが理由で英語の方が短い時間で長い文を言えます。なので1バースにより詰めこめるんです。

それが

 

・・**・・**  ・・**@@@@

@@@@・・**  ・・**@@@@

 

みたいなラップを可能にするんです。これ言ってる意味わかりますかね?ようは複雑に韻を詰め込んで、なおかつ意味を通すことができるんです。

 

 

日本語だと

 

・・・・@@@@  ・・・・@@@@

・・**・・**  ・・・・@@@@

 

所詮これぐらいの構造の韻の踏み方しかできないんです。しかも複雑にすればするほどあんまり意味は通じなくなっちゃいます。それは英語も一緒なんですが、やはり日本語の方が顕著です。

 

そのうえそれが日本人には親父ギャグみたいに聞こえちゃうもんだからもうどうしようもない。日本語のラップをカッコいいと思わせるのがどれほど難しいことか。

 

 

 

生き残る唯一の方法

それでもなんとか日本のラッパーたちは答えを見つけ出そうとしていますが、おそらく答えはこの2パターンのみです。

 

 

日本語の悪いところをなるべく見せないように、そして英語も取り込んでスムーズなフローを出す。

(AKLO、SALU)

 

日本語ダセーと思うところをあえてそのままに。そもそもそれがダサいという価値観ごと変えてしまおう。でもUSチックなアクセントも散りばめる。

(kohh)

 

 

あとは結局ファンモンとかKICK THE CAN CREWとか、そういうスタイルにいかないと音楽ではあんまり食っていけないので、僕はこの2パターンしか生き残っていけないといっても過言じゃないかなと思ってます。

 

 

 

日本語ラップの限界

でも日本語ラップにはやっぱり限界があって、同じトラック、同じラッパーで、言語は日本語と英語選べるとしたらやっぱり英語の方がカッコいいんですよ。単純に音という面で見ると絶対に英語に軍配が上がってしまうんです。

 

 

意味がわかった方がいいという人たちが存在するのは知っていますし、気持ちはよくわかります。

 

でもね、それはあなたが日本人で、日本人のラップを聞いてるからなんですよ。

 

これから日本人の人口は減少していくし、国内の音楽市場だけを対象にしてたらラッパーなんて食っていけないですよ。 

 

 

そうなると日本人ラッパーは海外のラッパーと競争にさらされるんです。そこで評価されるのは基本的には音です。

 

 

例えばアメリカ人は外国人のラッパーの曲の良し悪しを判断するときに、その曲を聞いた瞬間に歌詞の意味がわかるかどうかで決めるわけないです。

 

そもそも英語以外は全部意味がわかんないんで、音で判断するしかないじゃないですか。基本的には。

 

 

そうなるとやっぱり日本人ラッパーの海外輸出は難しく、HIPHOP文化を受け継いだ日本人ラッパーが消え、日本ではファンモン的なラップがHIPHOPを駆逐する、ということはやっぱり、日本にはHIPHOPは根づかないだろうなあ…

 

 

と思ってつらつら書いてみました。

英語の発音は汚くても下手でも大丈夫?

 

久しぶりのブログ更新は

最近個人的にホットな話題の
英語の発音についてです。
 

発音は気にしなくてもいいはウソ

きれいな発音のほうがいいに決まってる

そもそもなぜ英語学習を始めたのかを振り返ってみると

発音の重要性がよくわかると思います。

 

僕の場合はHIPHOPに憧れ

歌詞を理解してラッパーと対等に話したかったので

英語を学び始めました。

 

おそらくみなさんも音楽やドラマ、映画などの影響を受け

海外のスターみたいに英語を話したくて勉強し始めた部分が

少なからずあると思うんです。

 

そこにたどり着くには発音は避けて通れない道ですし

きれいな発音の英語を話せるというのは

大きなモチベーションアップにもつながります。

 

僕はいつまでも日本語なまりの英語を話すのは

正直ダサいと思います。

 

でも確かに発音を気にしすぎると害が多い

英語初心者の友人の話ですが

海外のアーティストに憧れて

英語を学び始めたくちでして

発音には非常にこだわりが強いです。

 

なので本当に英語の吸収速度が遅いです。

 

え?

と思われたかもしれませんが本当です。

発音を気にしすぎると英語学習全体の速度が落ちます。

 

発音を気にしすぎている状態というのは

どういうことかというと

単語や文法を学んでいるときに

発音が気になっちゃって先に進まない

もしくは進むスピードが落ちている状態です。

 

なぜこんなことが起きるのかというと

彼が英語初心者だということが問題なんです。

 

初心者だと覚えなきゃいけないことが非常に多くて

時制だったり単語の使い方だったり

英語を話せる人にとっては当たり前のようなとこで

つまずいたり悩むことがあちこちであります。

 

そんな状況で発音に気を取られると

覚えなきゃいけないことを覚えることさえ

ままならない状態になってしまうんですね。

そんなんで学習スピードが低下してたりしたら

はっきりいって英語なんて一生話せるようにはなりません。

 

最速で英語を学びたいのであれば

初心者のころは発音を気にしない方がベターです。

 

かといってずっと発音を学ぶことを避けるのはダメ

僕がもの申したいメインの対象は

英語中級者以降の人たちです。

 

ちなみにここでいう英語中級とは

高校卒業程度の英語力を有していることです。

正直それぐらいの英語の知識があれば

十分初心者は脱しています。

 

彼らは初心者のころから

発音をあまり気にしてなかったから

英語中級レベルにいたっても

発音が汚いです。

それは別に悪いことじゃないんですよ。

たぶんそれが最速で

英語を習得できる方法ですから。

 

でもね、

そのへんで修正していかないと

ずっとその発音ですよ?

 

英語を始めたときに

「ドラマみたいにスラスラ英語が話せたらなあ~…」

なんてのはこの先一生達成できなくなりますよ?

 

海外に行って感じたのは

やはり”日本人は発音が悪い”という印象が

外国人についてしまってるということです。

 

それは日本語と英語が言語として

あまりにも違いすぎるので

仕方ない部分もあるかとは思うのですが

それでもやっぱりあきらめないで

発音を学ぶというのは

英語を学習するうえでは

避けられない壁なんじゃないですかね。

 

 

 

”どうしたら発音がよくなるか”という部分については

後日書いてみようかな~と思ってます。

最初の3年で仕事人生の大半が決まるとかいううつ患者量産型フレーズはもうやめろ

こちらの記事に対する感想です。

 

sudoken.hatenablog.com

 

まずね、一定の期間内に何かを達成できなかったら

一生挽回不可能という考え方自体

とてつもなく巨大な違和感を感じるんですよ。

だからといって、あとから取り返せるならまあいっか、と

だらだらし続けることを正当化するつもりは

まったくありません。

 

でもこういう考え方が称賛され、

もてはやされることによって

必要以上にプレッシャーを感じ、

抱え込んでしまう人がいることをわかってほしい。

 

 

あんまりモノを考えずに仕事してしまうと、ほぼ取り返しがつきません。

最初の3年で仕事人生の大半が決まる説 - sudoken Blog

 

 

自分の頭でモノを考えずに、ただ仕事をこなしたり 自分の手でコトを動かさずに、ただ評論してみたり 最初の3年間でこういう働き方すると、もはや沈殿し、 そこから再浮上した奴を、未だかつて見たことがないのです。

最初の3年で仕事人生の大半が決まる説 - sudoken Blog

 

 

というのも、3年で突き抜けてしまえば、仕事の機会が圧倒的に増えます。 そうすると、経験や場数で更に差が広がっていきますので 追いつくことはかなり難しくなります。

最初の3年で仕事人生の大半が決まる説 - sudoken Blog

 

 

ただ、自分がそうなってることに気づく機会というのは最初の3年間を過ぎたら 一生ありません。

最初の3年で仕事人生の大半が決まる説 - sudoken Blog

 

 

こういう「一生ありません」とか

「取り返しがつかない」とか

いかにもうつ患者のアゴを狙って

フルスイングで打ち抜くようなワードが

盛りだくさんでなんだか読んでて不安になりました。

 

ただ言ってることが正しいなと思う部分はあります。

自分の頭で考えるスタンスがないと

ダメというのはその通りだと思います。

だけどそれを最初の3年で身につけないと

一生取り返しがつかないというのは

あまりにも行き過ぎた考え方というか、

それでがんばれる人もいるのかもしれないけど

「じゃあ最初の3年ダメだったからもう俺ダメじゃん死んだ方がマシだな」

って考える人もいるわけですよ。

 

そもそも社会にはこういう考え方で

バリバリがんばれる人と

そこまでポジティブには考えられない人が存在してて

まあ前者の方が活躍しやすい社会なんだと思います。

当たり前ですよねゴリゴリ行動できて失敗して

それを見直して学んで、また行動する。

それができるんだから活躍できるチャンスが

回ってくるのも当然だと思います。

仕事で活躍するという

極めて限られたフィールドにおいては

正しいかもしれません。

 

でもね、そういう人たちの考え方が

”正しい”考え方で、

そうじゃない人はダメなやつ、

しかももう取り返しつきません残念でしたー

みたいな認識はつくるべきじゃないと思います。

 

特に日本はなんといっても周りのことを

気にする民族だと思いますし

こういう意見がネットとかSNS

もてはやされてるとプレッシャーなんですよ。

別にバリバリできる人がいたっていいし、

のんびりしたい人がいたっていい。

考え方とか仕事に対するスタンスとか

人それぞれじゃないですか。

こういう意見を持ってる人がいるのは

まったく問題じゃないけど

こういう考え方が”正しい”考え方だって

認識が広がるのは非常にマズいと思います。

 

この記事の冒頭で

 

今年も内定者達が初々しく社会にデビューしようとしていますが、 そんな人たち向けのエントリーを書いてみます。

最初の3年で仕事人生の大半が決まる説 - sudoken Blog

 

と書いているのですがこれがまた本当に

無慈悲だなと。

 

新入社員なんて社会のこと

なんにもわかってないじゃないですか。

ベンチャーのCEOやってる人の言葉なんか

まるで金科玉条の教えのように聞こえるんですよ。

 

「あぁ、この人が言ってるんだったらその通りに違いない…!」

 

とか思っちゃうんですよ。

それはもう本当に仕方がないことだと思う。

無垢な学生たちは責められません。

そういう新入社員たちの中にも

バリバリがんばれる人とそうじゃない人がいて

そうじゃない人たちにとってはこの金科玉条の教えが

あとから肩にのしかかってくるんですよ。

ものすごい重さで。

本人たちはがんばりたいと思っているのに

結果がついて来ず、

気がついたら3年たっちゃって

「あ、もう取り返しつかないんだ…」

と思ってしまってもおかしくありません。

 

大丈夫です。取り返しはいくらでもつきます。

本当にがんばろうと思ったら何歳からでも

なんだってできます。

 

例えばね、40歳からプロ野球選手になりたいと

思ったとして

まあそれは無理なわけですよ。

うん、それは無理。肉体的に無理。

でもね、そこから野球を始めて、

練習に参加したりなんかして、

友達ができて、プロ野球観戦も

違う角度から見れるようになって

いつも飲むお酒がおいしくなったとか、

ありえる話じゃないですか。

 

たしかにプロ野球選手になる、

という部分は達成できてません。

でもそこまでいったらそんなこと

どうでもよくなってるんですよ。

ただ自分があのとき野球を始めてよかった、

幸せだ、という感情で

頭の中は埋め尽くされているはずです。

 

たしかに達成はしてません。

でもあなたは行動したことで確実に幸せになります。

だったら別にいいじゃないですか。

今よりもずっと幸せなんだから。

 

本当に大学生ってピュアなんですよ。

「こういう考え方もあるのか。でも自分は違うな。」

と冷静に自分のことも分析して

行動できる子なんてそうそういないです。

だからこういう意見がネットで称賛されてたら

そうじゃないとダメなんだって

思いこんじゃうもんなんです。

 

自分がバリバリできる方じゃないかもしれない、

と思ったならそれはそれでいいんです。

あなただけの幸せが必ずあります。

まったく恥ずかしいことじゃないし、

誇りに思っていいことです。

 

だから一生取り返しがつかないとか聞きたくないんです。

みんながそういう気持ちで

仕事をしなきゃいけないと思ってほしくないんです。

 

純粋で素直で努力家で

責任感が強くて仲間思いがゆえに

悲しい人生の終わりを迎えたなんて

僕はもう誰からも聞きたくありません。

日本人が英語をしゃべれない2つの理由

 

なんか英語のほうがアクセス数多いっぽいんで

英語についてもうちょっと書いてみます。

 

僕は一般的な人たちから見たらおそらく

「英語ペラペラだね~」と言われるぐらいは話せます。

学習法については過去の記事を読んでくれたらうれしいです。

 

b1840943.hatenablog.com

 

まああの記事で書いたように、そもそも個人の英語の勉強方法が

あまりよろしくないというのは大きな要因ではありますが

もっと社会として根本的な原因が眠っていると思うので掘り出してみます。

 

たぶんそれは大きく分けて2つあると思うんですよね。

 

教育

一つ目は教育です。

別に教育関係者ではないので細かいことはいいませんが

実体験として「こりゃないなー」と思ったことをちょろちょろ。

 

教え方が悪いよ

そもそも僕は言語学習って教室に30人ぐらい座って

1人の先生から教えてもらうのがベストだとは思いません。

まあそれ言っちゃうと言語教育の基礎から崩れちゃうんですけどね。

 

たまーに

文法や単語は暗記が必要だから詰め込み型の勉強が必要だ!

とかいう人がいますけど

日本語暗記した?ねえ暗記した?

 

机に向かって100回単語を書くみたいな暗記は英語学習にはまったく必要ないです。

そんなやり方でペラペラ喋れるようになるなんて都市伝説です。

 

言語学習って母国語を習得したプロセスと近ければ近いほど

ネイティブスピーカーに近づくと僕は思います。

詰め込みで覚えた英語だと、実際に外国人を目の前にしたときに

スムーズに口に出すことが難しいです。

机と会話するわけでもあるまいし。

 

たぶんまず頭の中で日本語で文章を作って、そのあと

SVOだとか適切な文法を引っ張り出して

覚えた単語を一つ一つ思い出して

「This is a pen!」

てな感じだと思います。

 

日本語を習得したプロセスを思い出してみてください。

きっとただひたすら日本語のシャワーを浴びてただけだと思います。

だからこそ頭が日本語脳になり、自然に言葉が飛び出てくるんです。

英語も一緒です。

 

それを科学的に検証したものも一応はっときますね。

ようは机に向かって勉強するよりも英語のシャワーを浴びた方が

脳みそがネイティブスピーカーっぽくなりますよって研究結果です。

io9.gizmodo.com

 

実践の場がない

仮に教え方がよくなったとしても実践の場がないことには話になりません。

なんせ言語なんて口に出してなんぼのもんですから

その機会が多ければ多いほど伸びていきます。

日本の義務教育にはまったくといっていいほどそれがないです。

 

だって英語のクラスで

「はい、じゃあとなりの人と話してくださーい」

という状況があったとしてもペラペラしゃべってるひといないじゃないですか。

むしろそんな人がいたら変人扱いじゃないですか。

 

初めに紹介した僕の過去の記事ではこれをカバーできる方法を紹介してますが

やはり実際に人を目の前にして話すときは少し心境が変わってくるので

ある程度慣れないと緊張とかでうまく話せない場合が多々あります。

 

今はネットで外国人と話せるサービスなんかもあるので

そういうのを中学生が使う、なんてのもアリだと思います。

 

悪い意味での日本文化

さんざん教育が悪いと言いましたが、本当のところは

中学卒業したら普通にアメリカで日常生活を送れるだけの

英語力はついてる”はず”なんです。

僕は中学生で渡米したんですが、特別何か英語を勉強したとかはなく

ごく普通に田舎の中学校を卒業しただけでした。

それでもコミュニケーションはとれていたので

英語教育の改善点はあるものの、それ以外にも問題が潜んでいます。

それは”日本文化”です。

 

一人のサムライが死んだ

僕はアメリカから帰ってきて日本の高校に入学しました。

おそらくその時点で周りの高校生よりはずば抜けて英語を話せたと思います。

 

ある英語の授業の時間、僕は教科書の音読を先生から指示されました。

イスから立ち上がると教室の各方面から

 

「ぜったい英語ちょーうまいでしょー」

「発音とかまじヤバそーwww」

「へろぅみたいな?www」

 

そんな状況をアメリカで経験したことがなかった僕は戸惑い

わざと日本人らしい発音で教科書を音読し終えました。

 

「あれ?意外と普通じゃんw」

 

これは僕の実体験なのですが、あどけない少年が”空気”という

得体のしれないものに飲まれてしまったいい例だなと自分で思います。

あどけないという部分は記憶があいまいですが。

 

なぜ僕が日本人らしい発音で読んだのか、というのは

おそらく怖かったんだと思います。

なにか周りと違うものになってしまう、

そして周りそれをあまりよく思っていない、

というのを感覚で捉え、そうしたのだと思います。

 

僕は当時の自分を責めようとは思いません。

もっと強い心を持てよ、とも思いません。

それは客観的に見て10代の若者にはとても難しいことだと思うからです。

自分を肯定したいのではなく、そういう環境をつくりだす日本文化自体が悪い、

とはっきり思っています。

 

これは本人の問題ではありません。

社会全体の問題です。

 

なんか書いてみたらどっと疲れました。

 

まとめ

日本人が英語をしゃべれないのは社会が悪い。

でもそれを学ばない理由にするのはもっと悪い。

子供たちよ、なるべく楽して楽しく勉強する努力をしてくれ。