考えることをやめたら死ぬ男のブログ

英語ペラペラな僕がHIPHOP、ビジネス、ITなどいろんな話題についてぺちゃくちゃ喋ります。

日本人が英語をしゃべれない2つの理由

 

なんか英語のほうがアクセス数多いっぽいんで

英語についてもうちょっと書いてみます。

 

僕は一般的な人たちから見たらおそらく

「英語ペラペラだね~」と言われるぐらいは話せます。

学習法については過去の記事を読んでくれたらうれしいです。

 

b1840943.hatenablog.com

 

まああの記事で書いたように、そもそも個人の英語の勉強方法が

あまりよろしくないというのは大きな要因ではありますが

もっと社会として根本的な原因が眠っていると思うので掘り出してみます。

 

たぶんそれは大きく分けて2つあると思うんですよね。

 

教育

一つ目は教育です。

別に教育関係者ではないので細かいことはいいませんが

実体験として「こりゃないなー」と思ったことをちょろちょろ。

 

教え方が悪いよ

そもそも僕は言語学習って教室に30人ぐらい座って

1人の先生から教えてもらうのがベストだとは思いません。

まあそれ言っちゃうと言語教育の基礎から崩れちゃうんですけどね。

 

たまーに

文法や単語は暗記が必要だから詰め込み型の勉強が必要だ!

とかいう人がいますけど

日本語暗記した?ねえ暗記した?

 

机に向かって100回単語を書くみたいな暗記は英語学習にはまったく必要ないです。

そんなやり方でペラペラ喋れるようになるなんて都市伝説です。

 

言語学習って母国語を習得したプロセスと近ければ近いほど

ネイティブスピーカーに近づくと僕は思います。

詰め込みで覚えた英語だと、実際に外国人を目の前にしたときに

スムーズに口に出すことが難しいです。

机と会話するわけでもあるまいし。

 

たぶんまず頭の中で日本語で文章を作って、そのあと

SVOだとか適切な文法を引っ張り出して

覚えた単語を一つ一つ思い出して

「This is a pen!」

てな感じだと思います。

 

日本語を習得したプロセスを思い出してみてください。

きっとただひたすら日本語のシャワーを浴びてただけだと思います。

だからこそ頭が日本語脳になり、自然に言葉が飛び出てくるんです。

英語も一緒です。

 

それを科学的に検証したものも一応はっときますね。

ようは机に向かって勉強するよりも英語のシャワーを浴びた方が

脳みそがネイティブスピーカーっぽくなりますよって研究結果です。

io9.gizmodo.com

 

実践の場がない

仮に教え方がよくなったとしても実践の場がないことには話になりません。

なんせ言語なんて口に出してなんぼのもんですから

その機会が多ければ多いほど伸びていきます。

日本の義務教育にはまったくといっていいほどそれがないです。

 

だって英語のクラスで

「はい、じゃあとなりの人と話してくださーい」

という状況があったとしてもペラペラしゃべってるひといないじゃないですか。

むしろそんな人がいたら変人扱いじゃないですか。

 

初めに紹介した僕の過去の記事ではこれをカバーできる方法を紹介してますが

やはり実際に人を目の前にして話すときは少し心境が変わってくるので

ある程度慣れないと緊張とかでうまく話せない場合が多々あります。

 

今はネットで外国人と話せるサービスなんかもあるので

そういうのを中学生が使う、なんてのもアリだと思います。

 

悪い意味での日本文化

さんざん教育が悪いと言いましたが、本当のところは

中学卒業したら普通にアメリカで日常生活を送れるだけの

英語力はついてる”はず”なんです。

僕は中学生で渡米したんですが、特別何か英語を勉強したとかはなく

ごく普通に田舎の中学校を卒業しただけでした。

それでもコミュニケーションはとれていたので

英語教育の改善点はあるものの、それ以外にも問題が潜んでいます。

それは”日本文化”です。

 

一人のサムライが死んだ

僕はアメリカから帰ってきて日本の高校に入学しました。

おそらくその時点で周りの高校生よりはずば抜けて英語を話せたと思います。

 

ある英語の授業の時間、僕は教科書の音読を先生から指示されました。

イスから立ち上がると教室の各方面から

 

「ぜったい英語ちょーうまいでしょー」

「発音とかまじヤバそーwww」

「へろぅみたいな?www」

 

そんな状況をアメリカで経験したことがなかった僕は戸惑い

わざと日本人らしい発音で教科書を音読し終えました。

 

「あれ?意外と普通じゃんw」

 

これは僕の実体験なのですが、あどけない少年が”空気”という

得体のしれないものに飲まれてしまったいい例だなと自分で思います。

あどけないという部分は記憶があいまいですが。

 

なぜ僕が日本人らしい発音で読んだのか、というのは

おそらく怖かったんだと思います。

なにか周りと違うものになってしまう、

そして周りそれをあまりよく思っていない、

というのを感覚で捉え、そうしたのだと思います。

 

僕は当時の自分を責めようとは思いません。

もっと強い心を持てよ、とも思いません。

それは客観的に見て10代の若者にはとても難しいことだと思うからです。

自分を肯定したいのではなく、そういう環境をつくりだす日本文化自体が悪い、

とはっきり思っています。

 

これは本人の問題ではありません。

社会全体の問題です。

 

なんか書いてみたらどっと疲れました。

 

まとめ

日本人が英語をしゃべれないのは社会が悪い。

でもそれを学ばない理由にするのはもっと悪い。

子供たちよ、なるべく楽して楽しく勉強する努力をしてくれ。